凪沢渋次プロデュース ナギプロweb


 2050年も平和な日本だ。

 2015年に制定された大規模な都市整備計画によって、都市部の鉄道の多くは地下化或いは高架化が推し進められることとなった。
 私の家の近くを走る都電荒川線もその例に漏れず、2022年には地下運行の整備が完了し、地表からその姿を消してしまった。

 しかし、僅か1年後の2023年、利用者の圧倒的多数による反対を受け、地下運行は廃止されることなり2025年には元の地表での運行姿を近隣住民に見せてくれた。
 利用者の地下運行に対する反対理由の多くは次のようなものだった。
 「発車のベルが、地下で聞くと、なんか感じが出ないから」
 至極尤もな理由である。
 そんなわけで、私と孫二人を乗せたチンチン電車は、飛鳥山を目指して今日も走っている。ドアが閉まり、ハンマーがベルを2回打ち鳴らす。ゆるやかに窓の外の世界が動き出す。

 「出発進行!」幸四郎が運転席横にかじりつきながら叫んだ。その隣で吉右衛門は指差し確認に余念がない。私は、つり革二つを使ってしていた懸垂をやめて二人に声を掛けた。
 「これこれ二人とも、今からそんなに張り切っていては、ピクニックをする前に疲れてしまうぞい。そうじゃ、じいじがお話でも聞かせてやろう。無論立ち食いのお店の話に決まっておるがの」
 途端に行儀良く私の前の席に座る二人なのだった。
 
  第18回  千石 もりしょー

 白山通りと不忍通りが交差する辺りに都営三田線の千石駅があるが、そこから白山通りを巣鴨方向に150m程歩いていくと、右手に立ち食いそばの幟が見えてきおる。それが今日お話するお店「もりしょー」なのじゃよ。

 店内はこぢんまりとしておっての、入ってすぐ右側が厨房、左側がカウンター席で、10人も入ればいっぱいになってしまう程の広さじゃ。券売機でイカ天そば(480円)の食券を買い、カウンターのスツールに腰掛けたわしの目に飛び込んできたのは、「ねぎ」と書かれた入れ物で、カウンターに幾つか置いてあるのじゃ。左様、このお店は客が好きなだけ葱を入れ放題なのじゃよ。かつて「ねぎダク王子」と呼ばれたこのわしじゃから、それは嬉しかったのう。

 麺は自家製麺を茹でたてで供してくれる。しかも店の外には「十割そば」の幟まである。言うまでもなくつなぎ無しの蕎麦粉100%の蕎麦じゃ。この時点で「アタリ」はほぼ確定じゃが、まだ油断はならぬ、肝心のダシの具合が良くなければ全て水泡に帰すというものじゃ。わしは、いかにも「難しい客です」といった様相を崩さずに、出来るだけ厳かに出来上がりを待っておったのじゃ。

 夫婦と思われる愛想の良い二人が「お待ち遠さま!」と出してくれた丼からは、いい香りが立ち上っておったのう。わしは溢さないように、慎重に自分の席まで持ち帰り、まずはダシをひと啜り…。
 「ンマ〜い!」
 あふれ出るカツオの風味はまさに江戸前そのもの。澄み切っていて、秋の空の清々しさを思わせるものじゃった。辛過ぎず、甘過ぎず、いとレヴェル高しじゃ。

 そして件の麺じゃが、挽きぐるみのやや平打ち風の麺で、コシもなかなかで風味も豊か。「ここホントに立ち食い!?」わしが無用な不安に駆られたのも、まぁ無理ない話じゃて。
 ここまで麺のレヴェルが高ければ、冷やで食べてもその美味しさは保証済みというものじゃ。

 そうそう、メニューの中には「鴨汁つけそば(510円)」というのもあり、鴨肉を入れて温めたダシで冷たいそばを頂くなんていうオツな逸品もあったのう。カウンター上の葱入れから葱を大量に投入してやれば、鴨がたっくさん葱背負ってやってきた状態に…、てありゃりゃ!?

 見ると二人の孫はシートですやすやと寝息を立てている。荒川線の揺れが心地よく作用したのかもしれない。もうすぐ飛鳥山に着いてしまうが、無理に起こすことはない。まだまだ先には荒川遊園地だってあるのだから。

 それにしても、あの店は今もあるのだろうか?

 (つづく)
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