2050年も平和な日本だ。
薄暗い部屋の中、青白い光を浴びながら、画面をじっと見つめていると、もう何日間も、或いは何年間もこうしていたような気持ちになってくる。やがて現れる「ようこそ」の文字。私は今日も歓迎された。
2年前の2048年にマイクロソフト社から発売されたOS「WINDOWS GABAN」は、某スパイスメーカーとの異色のコラボで注目を集めたが、起動時に立ち上る胡椒の香りにくしゃみが止まらなくなる人が続出し、敢え無く自主回収の憂き目にあった。
私の場合、幸いにも2006年末に買ったノートパソコンが今も現役で動いてくれている。XPは今なお健在だ。インターネット・エクスプローラーを難無く立ち上げ、いつものページを開いた。
「じいじ、何コソコソやってるの?」
突然の声に肝をつぶした私は、思わず悲鳴を上げそうになったが、それが孫の声だとすぐに気がついて平静を装った。
「ムホッ、こ、幸四郎に吉右衛門ではないか、どうしたのじゃ、こんな夜更けに…」
「じいじがカチャカチャやってるのがうるさくて…、あ! また『やふおく』やってる〜!」
「こ、これ、声が大きいぞい。今日は永年恋い焦がれていたレオ・ライトのアトランティック盤『BLUES SHOUT』の入札時間が迫っておるのじゃ。盤質も良好なのじゃよ。今回ばかりは見逃してくれんかのぅ」
「どーしよっかなぁ、ばあばに言い付けちゃおっかなぁ」
二人は悪戯っぽく笑いながら、私をじっと見つめている。
「わかったわい! では襖を閉めてこっちへ来るのじゃ。じいじのとっておきの立ち食いの話を聞かせてしんぜよう」
途端に襖を閉め、はしゃいで畳に寝転ぶ二人なのだった。
第19回 茅場町 がんぎ
皇居の大手門から東に伸びる道を永代通りと言うが、茅場町一丁目の交差点からさらに東に向かって霊岸橋を渡ると、信号の左手前に縞模様の変わった上看板が見えてきおる。そこが今日お話するお店「がんぎ」なのじゃよ。
中に入ると手前が飲食スペース、奥半分が厨房スペースとなっておる。店内には何やらどこかの地方の民謡がかかっておる。これには理由があるが、それは後で話すとしよう。
入口近くには一升瓶の日本酒が冷蔵ショーケースで冷やされておる。なかなかこだわりのラインナップと見たわい。左様、夜には立ち飲み居酒屋としての姿も併せ持っておるのじゃ。さて券売機でいつもの如くイカ天そば(450円)を買い、待つことしばし、出て来たそばを見てわしはびっくりしまクリスティだったのじゃ。
「こ、この蕎麦の色は一体…?」
椀の中に静かに横たわる蕎麦は、なんと緑がかった黒。おそるおそる口に運んでみると、ツルツルしていて喉越しがグー! そして素晴らしいコシ! 思わず柏手を打ってしまったのは無理ないことじゃて。
江戸前の蕎麦とは明らかに異なるこの蕎麦の正体は…? 実はこの店、越後のへぎそばを出すお店だったのじゃ。
へぎそばは「ふのり」という海藻をつなぎに使っているので、独特のコシが生まれるのじゃ。蕎麦の色は、まさにその「ふのり」に由来するところが大きいのじゃろう。
感服したことには、ダシが、実に澄み切った素晴らしいものだったということじゃ。多少甘めじゃが、嫌味のない甘さで、端正な味わいとなっておる。イカ天は普通じゃったが、十分にレベルの高い蕎麦と言えよう。
要するに、先程の民謡も越後地方の民謡で、店の雰囲気作りに一役買っていたというわけ…、て、ありゃ!?
見ると二人の孫は足元ですやすや眠っていた。ふと顔を上げると、落札時間はとうに過ぎている。やはりレオ・ライトは足で探せということなのか。
それにしても、あの店は今もあるのだろうか?
(つづく)
マイオークションの画面を見ながらふと思い出した。そういえばあの頃、ヤフオクやら、ネットショッピングに躍起になっていたんだっけ。全てはあの店を開くために。
あれは42年前、私は珈琲屋を開いたのだ。「2-3」という名前の。
薄暗い部屋の中、青白い光を浴びながら、画面をじっと見つめていると、もう何日間も、或いは何年間もこうしていたような気持ちになってくる。やがて現れる「ようこそ」の文字。私は今日も歓迎された。
2年前の2048年にマイクロソフト社から発売されたOS「WINDOWS GABAN」は、某スパイスメーカーとの異色のコラボで注目を集めたが、起動時に立ち上る胡椒の香りにくしゃみが止まらなくなる人が続出し、敢え無く自主回収の憂き目にあった。
私の場合、幸いにも2006年末に買ったノートパソコンが今も現役で動いてくれている。XPは今なお健在だ。インターネット・エクスプローラーを難無く立ち上げ、いつものページを開いた。
「じいじ、何コソコソやってるの?」
突然の声に肝をつぶした私は、思わず悲鳴を上げそうになったが、それが孫の声だとすぐに気がついて平静を装った。
「ムホッ、こ、幸四郎に吉右衛門ではないか、どうしたのじゃ、こんな夜更けに…」
「じいじがカチャカチャやってるのがうるさくて…、あ! また『やふおく』やってる〜!」
「こ、これ、声が大きいぞい。今日は永年恋い焦がれていたレオ・ライトのアトランティック盤『BLUES SHOUT』の入札時間が迫っておるのじゃ。盤質も良好なのじゃよ。今回ばかりは見逃してくれんかのぅ」
「どーしよっかなぁ、ばあばに言い付けちゃおっかなぁ」
二人は悪戯っぽく笑いながら、私をじっと見つめている。
「わかったわい! では襖を閉めてこっちへ来るのじゃ。じいじのとっておきの立ち食いの話を聞かせてしんぜよう」
途端に襖を閉め、はしゃいで畳に寝転ぶ二人なのだった。
第19回 茅場町 がんぎ
皇居の大手門から東に伸びる道を永代通りと言うが、茅場町一丁目の交差点からさらに東に向かって霊岸橋を渡ると、信号の左手前に縞模様の変わった上看板が見えてきおる。そこが今日お話するお店「がんぎ」なのじゃよ。
中に入ると手前が飲食スペース、奥半分が厨房スペースとなっておる。店内には何やらどこかの地方の民謡がかかっておる。これには理由があるが、それは後で話すとしよう。
入口近くには一升瓶の日本酒が冷蔵ショーケースで冷やされておる。なかなかこだわりのラインナップと見たわい。左様、夜には立ち飲み居酒屋としての姿も併せ持っておるのじゃ。さて券売機でいつもの如くイカ天そば(450円)を買い、待つことしばし、出て来たそばを見てわしはびっくりしまクリスティだったのじゃ。
「こ、この蕎麦の色は一体…?」
椀の中に静かに横たわる蕎麦は、なんと緑がかった黒。おそるおそる口に運んでみると、ツルツルしていて喉越しがグー! そして素晴らしいコシ! 思わず柏手を打ってしまったのは無理ないことじゃて。
江戸前の蕎麦とは明らかに異なるこの蕎麦の正体は…? 実はこの店、越後のへぎそばを出すお店だったのじゃ。
へぎそばは「ふのり」という海藻をつなぎに使っているので、独特のコシが生まれるのじゃ。蕎麦の色は、まさにその「ふのり」に由来するところが大きいのじゃろう。
感服したことには、ダシが、実に澄み切った素晴らしいものだったということじゃ。多少甘めじゃが、嫌味のない甘さで、端正な味わいとなっておる。イカ天は普通じゃったが、十分にレベルの高い蕎麦と言えよう。
要するに、先程の民謡も越後地方の民謡で、店の雰囲気作りに一役買っていたというわけ…、て、ありゃ!?
見ると二人の孫は足元ですやすや眠っていた。ふと顔を上げると、落札時間はとうに過ぎている。やはりレオ・ライトは足で探せということなのか。
それにしても、あの店は今もあるのだろうか?
(つづく)
マイオークションの画面を見ながらふと思い出した。そういえばあの頃、ヤフオクやら、ネットショッピングに躍起になっていたんだっけ。全てはあの店を開くために。
あれは42年前、私は珈琲屋を開いたのだ。「2-3」という名前の。
