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[NEWS]

▼今後の予定
★ 凪沢渋次 客演

ドリルチョコレート×キコ qui-co.
サンモールスタジオ提携公演『世田谷童貞機構』

2012年2月14日(火)〜19日(日)
@新宿サンモールスタジオ 

14日15日16日17日 19:30開演
18日15:00 19:00開演
19日15:00 開演
※開場は開演の30分前。開演の45分前から受付開始。

■料金
14日から16日まで前半割引2500円(前売り、当日とも)
17日から前売り3000円 当日3300円

■キャスト
小栗剛(キコqui-co.)櫻井智也 本井博之 凪沢渋次(ナギプロ)
宮本奈津美(味わい堂々) 三科喜代


★ 凪沢渋次 台本提供

東京女子収集
『工場の娘』
2012年2月16日(水)〜19日(日) IN 中野スタジオあくとれ
作 佐藤もとむ(温泉きのこ)・凪沢渋次(ナギプロ)・細川洋平(ホロビテ)
演出 服部紘二(ハイバネカナタ)
詳細はまた後日


★ ナギプロ・パーティ単独ライブ

『言い訳Perhaps』
2012年4月27日(金)・28日(土) IN しもきた空間リバティ
詳細はまた後日。


★足立道彦 coffeeとjazzのお店『2−3』
絶賛営業中!
下高井戸駅北口 徒歩1分
第2.第4月曜日定休



すべての公演のご予約・お問い合わせは info@nagi-pro.com まで。



最新エッセイ
  今クールもなかなかドラマが面白く、日々録画してはチェックに余念のない僕です。たびたびここでも書いているように、日本史の講義なんかをしている関係で、特に大河ドラマ『平清盛』は欠かさずチェックしてます。源氏側の歴史で描かれることの多い源平争乱期ですが、最近は大河のせいか、やたらと清盛がいかに優れていたかを取り上げるメディアが多いように感じます。確かにいろいろな日本初をやってる人だし、短い期間とは言え栄華を極めたのだから、そりゃあ、すごいカリスマだったのでしょう。頼朝より優れていたとする人も多いのです。
  最近すっかり歴史オタクみたいな生活になってる僕ですが、講義のときだけでなく、他のメンツでの飲み会でもお酒が入ると大声で歴史話をするようになってきてます・・・。類は友を呼ぶのか、仲のいい仲間にも歴史好きが多く、ちょっと歴史ネタをはじめると、みんなからも出るわ出るわたくさんの歴史うんちく。好きな時代、好きな人物、好きな事件・・・などなど話が尽きないのです!
  各々詳しい時代の話をあらかたしゃべり終えると、今度はそこからさらに派生して、いろんな歴史学上の「○○説」の話になるパターンが多い。わかりやすいとこで言うと、僕らが歴史を学んでいた中学・高校の頃から今では大分時間が経ってるので、その後いろんな発見があったりで、今では僕らが習ってた歴史と違ってることが多いのです。代表的なのが「聖徳太子像」。歴史の資料集はもちろん、お札になったことでも有名なあの「聖徳太子像」ですが、今の教科書では「伝聖徳太子像」と、頭に「伝」が付けられています。これは「聖徳太子だと言われている像」って意味で、実は「あの絵は聖徳太子ではない説」が有力になってきているためなのです。成立年代が科学的にわかるようになったり、装束やら持ち物なんかの研究も進んできて、昔とは定義や解釈が変わってきてるのだそうです。歴史好きはこの手の話も大好きで、それならこれは知ってる?ってな具合でこれまたどんどん出てくるのです。
  さらに僕が大好きなのは、中でもちょっとミステリアスな「○○説」。例えば「源義経=チンギス・ハン説」なんかが有名です。義経は実は平泉では死んでおらず、大陸まで落ちのび、やがて北方民族を束ねて、あのモンゴル帝国を作り上げたのだ!というなんとも壮大な夢のある学説なのです。SFみたいですが、実際に論拠となるいろんな物証も出てきていて、信じる人にとってはかなり説得力のある説でもあるのです。さらに「○○は双子だった」とか「○○なんかいなかった」とかも大好きで、特に僕は高校時代に本でも流行った「シェイクスピア不在説」というのが大好きです。かの大劇作家ウィリアム・シェイクスピアは実はペンネームで、そんな人物はいなかったのだという説です。さらに、じゃあ、誰がいったいあのたくさんの戯曲を書いてたのか?というのが諸説あって、イギリスの文学界では本格的な派閥まであるほどの重要な学術テーマになっているそうです。他にも「明智光秀=天海上人説」「ヒトラー脱出説」「天皇渡来人説」・・と、興味深い○○説は山ほどあります。

  話をドラマに戻すと、大河ドラマ『平清盛』ものっけからある大きな学説に乗っ取ったストーリーになっており、それがドラマをより面白くしています。すなわち「清盛ご落胤説」。清盛は実は院政を始めた当時の最高権力者・白河法皇の子供なのでは?という説です。大河では完全にそれをベースにしてますが、これはあくまで一つの説に過ぎません。普通に忠盛の息子だという人もいれば、皇族の子供だからこそ太政大臣にまでなれたのだ、という人もいます。どちらが正解かはまだわかりませんし、永遠にわからないかもしれません。でも、それをいろいろと考えるが楽しいのです。ロマンなのです。「邪馬台国」だって未だどこにあったのかわかってない日本。まだまだ宝探しのチャンスはあるんです!歴史って楽しい!
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